想像の小部屋

なんか色々まとめたり書いたり。

おめでとうとは言えない

『織姫様と彦星様は、年に一度、あの天の川で出会うのよ』

 

今時天の川なんて本当に見えやしない。美しい天の川どころか、織姫様と彦星様すら見えることは少ない。

もちろん田舎に行けば話は別だろう。遠くから来た友人には数人毎年見ていたと興奮気味に話す人も居た。

ロマンチックな、逢瀬の時が引き起こす奇跡が叶える星降る夜の願い事。

七つの夕暮れとは粋な言い回しで日本らしいと、国語の成績もまともに取れない俺が言ったところで返ってあほっぽい。

「夢兎は短冊なんて書くんだ?」

去年、いや一昨年だった。七夕もまともに経験してこなかったあの子は目を輝かせて俺に聞いてきた。

無邪気な顔が可愛くて、本当は七夕なんて嫌いなんだとは言えずに秘密、と返した。

そう、話したいことの主軸はこっちだった。

俺は七夕が嫌いだった。

 

11年前までは嫌いでもなかった。

なんなら4、5年前までは普通に好きだった。流しそうめんは美味いし、その美しさを感じないわけでもなかった。

あいつが、いつからか神童と呼ばれ出してからだ。

「まるで織姫様と彦星様が贈ってくれた奇跡の宝物ね」

なんて。ひどいと思わない?織姫様と彦星様は願いを叶えてくれるのだ。

俺みたいなのじゃなくて、優れた息子が良かったと望んでいたような言い回しじゃないか。

本気で両親がそんなこと願ってたなんて思ってない。それでも心は拗ねるもの。

神童や天才は、誕生日すら特殊で愛されるのだ。

 

「次こそは赤点を取りませんようにって…もっと夢のある願いにしろよー」

俺の短冊を覗き込んだあの子の不服そうな顔を思い出す。

いいじゃん別に。ほんとの願いなんてもっと夢がないぜ。

ああだけど織姫様。ほんとにあんた達が寄越した宝物だっていうならかぐや姫みたいに空へ連れて帰って行って欲しかった。

 

「次こそは、一人っ子に生まれますように。とかなら許されてもいいんじゃない?」

 

石水杏の恋文

 

貴方への想いはしんしんと降り積もり、夜に白く輝いて、そっと溶かされるのを待っています。朝の日差し、麗らかな春を告げる太陽。そうやって土が顔を出した時、きっと私は歩き出せます。

貴方に手を取られ、サクサクと踏みしめる荒れた土を、これから共にふわふわの花畑にしてください。貴方と隣合わせで顔の映らない濁った泉を、どうか鏡とするまで澄ませてください。

どれも、貴方とでなければ嫌なんです。

ひとりぼっちでは、できないんです。

貴方の優しい声が好き。

貴方の柔らかな笑みが好き。

 

しんしんとまだ降り積もる想いの泡を、どうかそのまま凍らせないで。

夜はまだ長いから焦らないでください。

「秋慈さん。」

たくさん名前を呼ばせてください。

もっと貴方を教えてください。

そして、どうか知ってください。

 

貴方に愛してもらいたいから。

無題

兎上由紀とは、頭のいい人間である。

勉学に励むのも勿論だが、頭の回転が早く決断力がある、戦場で有利な頭の良さの持ち主である。

 

「そこが、あの人を思い出させて嫌いなんです。」

 

いかにも非情を思わせる利己的な言動や、他人を見下す視線は、その奥底から美しく輝き、曇らないことを数少ない人が、しかし確かに知っている。

 

「そんなところが、面白くて好きなんだよお」

 

自らの思想、目標を高く掲げ、空気を震わせる凛とした声が天まで届くこと。そしてその言葉に魂を宿し、決して雨に負けないことなどいかにも彼を構築する特徴である。

 

「…どうして、あなたばっかりそんなにも。」

 

鋼というにはあまりに豊かで、まっすぐに澄んだ心が彼には備わり、数多の兵の命を救い、また殺してきた。懇願せず、縋らず、しかしひとりに酔わず。

人間の心というには、純粋に強いそれ。

 

「期待してるんだよお、君の解答に。その意見に。」

 

兎上由紀という学生兵が居た。

 

「「だから、お願い」」

 

 

「ふん、馬鹿馬鹿しい。

僕は僕だ。貴様は貴様だろう。」

「だから僕は信じている。当然のことだ。」

 

「生きると良い。努力すれば見つかるだろう。」

 

「愚か者め。」

 

パレットには君がいっぱい!

いわゆる天才だと称される人種の一人に生まれ落ちた。

母はそれをいたく喜び、自慢し、自分の自慢好意が恥ずかしいものにならないようにそれを強いた。

父は母ほどでもなく、普通に喜び、普通に俺を呼んだが、いつの間にかこの才に慣れてしまったようで。何も言わなくなった。

ぐしゃぐしゃに丸められた、四方どこを見ても他人から見える自分が反射されたアルミホイルの中で生きるような感覚。

いつでも自分を確認させられているような、そんな生き方。広く見ているつもりで、狭すぎるこの世界。

不幸だとは思わなかった。親から求められ、褒められ、愛されていた。

彼に比べればよほど。ただ、正しいとも思ってはいなかった。

だから世界をパレットにした。好きな色を作ろうと、キャンバスを探して。

彼を最初に世界に招き入れたのは彼にとっては不幸だったのかも。

それでも戯曲に付き合ってくれと、俺は微笑みかけた。

 

彼と俺は、どうしたって相対的な人類であった。

 

世間は人が回している。

 

曇天と、雨。敗北の男性と死す女性、立ち尽くす神童。

痛みと赤と、そして体と。指輪。

降り注ぐ音。太陽の彼の絶望した顔と震えた手は、俺に手遅れを告げるには十分すぎた。

耳によく残っていた。

「どうして、こんな、残酷なことを」

そういった、太陽を。

 

彼も俺も、浮かれていたことに変わりはない。だから待っていたのだ。死が。

原点を忘れ、ただ放浪する魂に安らぎが訪れる世界が望ましい。

だけど仕方ない。

もうピアノは弾けないけれどレコードでも構わないかな。せっかくなら機嫌の良いワルツがいいよね?

だからどうか。

 

色があるように。君が、居たように。

俺は?俺はどうしよう。

 

「こうしよう。」

 

世界を見ているつもりだった。人間は気付いた時に皆等しくそう言うはずだ。

だってあまりにも哀れじゃないか!

理屈も言い訳もない、ただ巨大な地球の上で花を咲かせだけのこと。

自分の開花にも気づけない人種が居るなかで、それでもこんなこと!

もっと早くにその色を口説くべきだったのだ。彼を、きっと殺したのは。

散り散りになる思考と人格と自意識が。

もうもとになどもどらなくてよかった、枠だけがあれば、受け入れらる気がした。

毒毒しく散った彼も、華々しく散れるであろう俺も。

 

「変わらない、ずっと、アルミホイルのパレットの中で雨音を聞いているだけなんだよ。それこそ、夢を追って穴に落ちる兎のようにさ。」

対等な関係についてその考察

この世界はこんなにも広いというのに、人間はそのごく一部にしか触れることが出来ていない。

法と規律が真実に触れるなと警告し、詮索するなとシャッターを下ろす。

愚かな人間の目が研究者の純粋な心を殺し、愚かな研究者の孤独感がその才能を幽閉する。

 

「こんな悲しいことがあるでしょうか!」

 

私はこの世界が不思議でたまらなく、この社会が非常にもどかしい。

なぜ、こんなにも人間とは不自由で効率が悪いのか。なぜこのような人間が、今この地球を蝕んでいるのか。

どうしてもっと輝けるはずの人類は、自ら歩みを止めてしまうのか。

理由は明白、人間の恐怖心である。

 

「私は知りたいのです!」

 

故に私は、自分と世界と研究材料だけで生きていくと決めた。

それだけで十分だ。世界に謎は溢れ、研究材料に未知は詰まっている。

共有など無価値。知られれば知られるほど、間違いなく私に恐怖心を植え付けていくのだから。

 

「…私を否定する気ですか。ヒースくん。」

 

知ってそれでなお、私を遠ざけるのではなく、指摘するのですか。

変わった人。

でも待っていたのです。そういう人を。

 

「ありえませんね!」

 

私だって人の子ですから。

 

コールズ姉弟の供述

「…めんどくさいわね。そんなこと一々気にする必要とかある?

本当にそんなに気にすることなのかしら。
…まあそれでも気になるのが性ってやつね。
私の弟とよく似てるわ、あんた。弟よりは正義感が強そうだけど。
は?なによ、あんたが話せって言ってるから話してやってんでしょ。
そうじゃなきゃこんなに喋らないわ、喋るのにも体力がいるのよ。
これ以上を聞くなら話さないわよ。
私だって弟が大切なの。
 
それに、何もかもめんどうで、したくないのよ。」
 
と、彼女はそう言ったけれど。
だけど彼女の心の奥が、冷えきっていない事などよくわかっていた。
優しくて、暖かいのだけれど、諦めがすべてを覆ってしまっているような。そんな小さくて大きな心。
彼女は、救われているのだろうか?
 
「いいや。だけど、俺らは不幸なんかじゃないよ。だって生きているから。」
「なんて、軽率かもね。」

レモンよりもっと甘い香りだったけどね

今から思うと、彼らは惹かれるべくして惹かれあった仲なのかもしれない。…いや、薄々当時からわかっていたのだろう。
僕は我慢をしらないワガママな子供で、幼稚な性格を優しい兄に許してもらっていたのだ。
甘やかされていた、甘えてもらわせていたのだ。それを僕は気付かずに、ただ愚かなことだと知らずに兄を否定し続けていた。
僕こそが認められた、立派な人間なんだとプライドを身につけてしまったのだ。
兄の優秀さに気付いていたからこそ、兄を見下していた。

だから、と言ってしまえばまた兄のせいにしてしまうのだが。
僕は何より兄に負けたくない気持ちで彼に近づいた1面がある。
僕の勝手で兄を怒らせ、悲しませ。なによりも。
彼自身を、僕は傷つけてしまった。
大切にしたかった彼を。自らの手で。
過ちというに他はない。到底僕は、立派な人間などではなかった。

それでも確かに、恋をしていた。

彼がいなくなってしまった後、抜け殻のまま兄は卒業し、居場所の無い家に連れ戻され、僕が学園で最後の1年を楽しんでいた時にはどんな扱いを受けていたのだろう。
僕が家へ戻った時、すっかり成長した兄はトランス家の象徴とも言える魔力の源、赤いその瞳をすっかり覆ってしまっていた。

満月の夜だった。
兄は僕に、明日、家を出るからと告げてくれた。
どうして、僕に?と思いながら、そうとだけ返事をした。
なぜか傷ついたような、申し訳なさそうな、そんな顔をしていた兄は、優しい人だったのだとその時ようやく実感した。
行かないでと、言う権利などもう無かった。
兄が去った後、幼い頃と同じ、しかしくだびれてしまった海賊帽を被ったぬいぐるみが僕に花を持ってきてくれた。
こっそり用意し続けていた、月の精霊の本や資料は兄の手に渡すことも出来ず本棚から姿を消した。

彼らのことだ、きっと出会っている。
また笑いあって、僕の入る隙間などない程に愛しあっている。
そう願うしかない。

ふと仕事で立ち寄った街で甘い香りが鼻腔をくすぐった。
ケーキ屋の外装。

ああ、叶わない。初恋の香り。