真の愛のその熱量
その朝は普段よりも1段と冷え込んでいた、様に思う。懸命に看病していたつもりが、僕の手は確実に彼の命を蝕んでしまっていっていた。
もう、僕の手ではどうしようもない、彼の命の火はもう吹けば消えてしまいそうだった。
その時に、彼が遠くの友人と話せるのだと言っていた、電話という道具を思い出せたのは奇跡に近い。
僕の両手はすぐに、受話器と電話帳に伸ばされていた。
***
彼らの存在に気付いたのは部屋に彼らが入ってきてからだった。悲しみのあまり、足音に耳を澄ますことも忘れていたらしい。
ようやく来てくれた人間の姿に安堵した僕は、彼らに感謝の意を伝えようとしたのだけれど、ぐるぐると胸中で渦巻く冷たい感情が、うまく抑えられなかった。
「…どうして、もっとはやく来てくれなかったの」
本当は、あんなこと言うべきではなかった。……いや、言いたくなどなかった。
僕は悠みたいに、優しく居たかったのにね。
「君たちが、もっと早く来てくれれば、悠は助かったかもしれないのに。」
零れていた涙は凍ってしまっているのじゃないかと錯覚するほど、冷たく頬を濡らしていた。
僕が言葉で暴力を振るった2人は、困ったような顔をして、悠と僕を見つめていた。
異変が起きたのはそのすぐあとだった。
水銀のような化け物…結局は、僕の兄弟だったわけだけど、奴らが悠と大切にしてきたこの家を覆い尽くしてしまった。
挙句の果てには、変身術なんかも駆使して、助けに来てくれた2人を傷つけてしまった。
形容しがたい感情が僕の中に湧き上がるようだった、…でも、その形容の仕方を教えてくれる悠はもう居ない。
勝手に呼びつけたのは僕だったけれど、2人には傷ついてほしくないと感じた僕は、どうにか2人に帰ってもらおうとした。
…それに、我が儘を言うようだったが、悠のそばで、悠とふたりきりで居たかったのだ。彼を殺した僕にそんな資格はないのかもしれないけれど、きっと優しい彼なら、こんな僕でもそばで最期を迎えることを許してくれるだろうと考えていた。
悠の居ない、寒い世界で生きていくことなど、頭にはまるでなかった。
しかし、2人を帰すのには障害が多すぎた。今から思えば、2人にあれほど無茶をさせず、僕だけで帰路を探しに行くべきだったかもしれない。…それを申し出たところで、優しいあの2人が了承したかは危うかったかな。
実に色んなことがあったと思う。
悠を一緒に連れていってくれようとした。
僕がどうしても寒くて近寄れない所を、我慢して代わりに調べてくれた。
化け物の弱点を見つけて、退治してくれた。
暖かいカイロというものや、マフラーを貸してくれた。
僕が難しくて読めなかった本を読み聞かせてくれた。
僕にたくさん優しくしてくれた。
…どれも、とても嬉しかった。不謹慎かもしれないけど、少しだけ悠の居ない寂しさを紛れさせてもらっていたように思える。
1度だけ、僕に触れようと迫ってきたことがあったけれど、あれには少し驚いたかな。
僕がこんな体でなければ、一緒に遊べたかもしれない。
今からごめんねと言っても遅いんだろうな。
2人が僕を無視して地下に行ってしまったのも、僕の……いいや、あのバケモノの親玉を倒せば、僕の心が晴れることを予知していたのかもしれない。
本当に、優しくて、勇敢な人達だった。
最期に、そんな人達に巡り会えたのは幸せなことだったんだろう。
ああ、瞼が重い。
一緒に埋葬しようねなんて、約束してくれたのにごめんなさい。
どうか、暖かいところに悠のお墓を作ってください。
僕は、僕の望むように、眠らせてもらうね。
「…ゆう、」
ベッドに寄りかかって、愛しい君の名前を呼ぶ。
伝えたいことはたくさんあったのに、僕はまだ、それを紡ぐだけの言葉を知らないんだ。
だからひとつだけ。
「……ありがとう。」
悠だけにじゃない。美しい白銀に、優しい太陽に。
名前も知らない、たった2人の救世主に。