アルバム
「・・・。」
相手にばれないようにそっと物陰から落ち込んでいる弟を観察した。
先ほど親父様に叱られていたのはよく知っている。
「・・・うー・・・ん?」
弟とは話す機会があまり多くない。俺の教育が多忙なせい、ともいう。
でも、こうもぐすぐす泣いているところを見て、放っておけるほどの仲でもない。
静かに声を殺してぐすぐす泣く弟の姿があまりにもその幼さに相応しくなくて。
「なんか、なーんか楽しいもの・・・」
自分が行っても、うまく慰められる気がしない。
何か、何かないか。そう思って目を止めたのがひとつのクマのぬいぐるみだった。
海賊帽と埃をかぶった、大きめのぬいぐるみ。
「・・・ちょっとだけ!ちょっとだけお前の心、貸してな!」
小声でそう言って、ぬいぐるみをそっと抱いて額を合わせる。
ふわふわとぬいぐるみに魔法がかかっていくのがわかる。
『!』
ぴょこっと動き出したクマはしばらくバランスが取れず、ぼてっ!と音を立てて転んだりしていたが、やがて安定して俺の足元に座った。
「あのな!あいつ、元気づけてーんだよ。だからさ・・・。」
作戦会議。いたずらを仕掛けていたころのワクワクした感じを思い出す。
「頼んだぜ!」
にっこり笑ってぬいぐるみとハイタッチ。
あとはそっと見守るだけ。がんばれよ!
・・・そういえば、あのぬいぐるみ名前なんだっけ?なんか、昔見たアニメーション映画の海賊だった気がするけど。忘れちまったな。まあ、いっか。
「・・・っ、うえ、ぐす、・・・っ」
溢れて止まらない涙が頬を伝ってカーペットに落ち、小さなしみを作っている。
「・・・う”-・・・」
どうしようもない気持ちが蟠って、どんどん涙に代わっていく。
すると、突然柔らかい何かに背中をぽんぽん、とたたかれた。
「?」
涙を手の甲でぬぐい、腫れて真っ赤な目でそちらを見やる。
すると目に入ったのはぬいぐるみの薄汚れた手。訳が分からず視線を移せばくまのぬいぐるみがこちらを見つめていた。
あまりに驚いて言葉を発せず、ただ口をぱくぱくと動かす僕に構いもせず、ぬいぐるみは急に手と手を合わせてなにやらもじついている。
少し落ち着いて首をかしげながらその様子を見ていると、くまは急に両手をぱっと開けた。
そして視界に入る、黄色くて可憐な花。
「…!?すごい…!どこから出したの!?」
先程までの暗い感情はどこへやら、僕の心は突如咲いた花のように明るくなっていた。
くまは誇らしげに花を掲げたのち、僕にそれを差し出した。
くれるの?そう問えば頷いてさらにずい、と差し出してくる。
それが本当に嬉しくて、感動して、惨めだった気持ちがまるでネバーランドに招待された少年のように夢に満ちたものになっていた。
「ねえ!」
くまさんはどこからきたの?そう問う前にくまは部屋から出ていこうとしてしまう。
待って!そう言った時にはもう扉の向こうにくまの姿は消えていた。
その場に取り残された僕はもう1度花を見つめ、そしてその奇跡を味わっていた。
人の心を明るくするその行動は、手品というのだと後に知った。
「作戦大成功だな。」
そうくまのぬいぐるみとハイタッチをした少年の存在を、僕は大人になって手遅れになるまで、知ることは無い。