想像の小部屋

なんか色々まとめたり書いたり。

大嫌いな劣等感の話

「風兎はホントによくできる子ね」

これが母の口癖だった。俺も実際そう思う、よくできた弟であると。

それだけなら何も・・・思わなかったかと言われればそうでもないが、まあ今よりマシだったと思う。そう、問題は母のもう一つの口癖だ。

「夢兎もお兄ちゃんなんだから、しっかりしなさいよ。」

そう、これだよコレ。

どうにも兄っていう立場は面倒だ。すぐにお兄ちゃんなんだからと厳しく当たられる。

弟の方がずーっと出来が良ければなおさらのこと、母は良い人だから俺を諦めたりしないが逆にそれが苦痛だ。

俺だって・・・いやまあ何もできないが?努力くらいする。

この間のテストだって・・・いやまあ平均よりは遥かに下だったが?俺としては上々だ。

訓練も・・・いやもうよそう。不毛っていうか俺が不憫だ。

実際客観的に見れば圧倒的に俺の出来が、悪い。

うん、悪い。お世辞にも良いとは言えない。自分で言いながらとても切ない。

「あーくっそー・・・」

何をここまでダラダラ話していたかといえば、目の前に広がるワークの進みが異常に遅いことへの言い訳だ。

「人間のする量じゃねーよー・・・全然わっかんねー・・・」

1ページにつき10分。いやもうちょっとかかってる。それが・・・あと、26ページ?

ちら、と時計を見ればワークを解き始めて既に40分が経過している。この調子ではさっぱり終わらないのに、物持ちの悪い俺はすでにワークの答えなるものを失くしていた。

辛い。なにがって現実が。

「なーんで皆こんなモン終わるんだよーっ!訳わかんねー!」

誰もいない部屋で一人で叫んで、机に突っ伏した。とても虚しい。

なんなの?あの教師達俺を殺したいの?知恵熱で死んじゃうんですけど???

表紙にでかでかと書かれた「生物」という文字から目を背ければ今度はわきに置いてあった「数学」が目に入る。

ぶっちゃけ時間はない。しかし体力もない。

どうしたものか、俺は空を見つめてボーっとしていた。この時間が永遠に続けばなーと思った。

 

コンコン

ノックの音がした。ハッと我に返って時計を見た。さっきからそこま時間がたっていない。

その事実に少しも安堵を覚えながらノックに返事をし、扉を開けた。

「はーいっどちらさま・・・」

「よう!」

「へぶっ!」

突然何かの冊子で頭をたたかれた、元気のよすぎる挨拶だ。

やぶからぼうにこんな事をしてくる奴・・・は俺の周りにはとても多いが、何やら甘い香りがするあたり、きっと・・・

「夢兎、どうせ溜め込んだワークでお疲れだろ?お菓子持ってきてやったぞ!」

ああ、予想が的中した。悪戯っぽく笑う人物は同級生の東塔里だった。

彼・・・いや彼女とは頭の悪い者どうしよく仲良くしていた。

もっとも俺よりは頭が良いのだが。

「お邪魔するぞー」

そう言って勝手に部屋に上がりこむ。いくら男子の振りしてるからってそれはどうなんだとか思いながらもう慣れたので突っ込まないでおく。

「りーちゃん、お菓子ー」

「その呼び方いい加減やめろよ!」

少しの叱咤を無視して彼女の持ってきたお菓子を見てみれば手作りらしカップケーキだった。

ちなみに説明しておくと「りーちゃん」っていうのはこの塔里のことです。

とうりの最後のりをとってりーちゃん。俺はわりとこの方法であだ名をつける。

「いただきまーす」

カップケーキを一つ手に取って食べる。うん、相変わらず美味しい。

「お菓子と一緒に終わったワークの答え持ってきてやったぞ、感謝しろ!」

得意げにドヤ顔を決めるりーちゃんを見て思わず噴き出したが何より行動が女神だ。

ワークの答えを持ってきてくれる?そんなもん間違いなく女神のやることだろりーちゃん大好きマジ女神今度飯おごろ。

さっすがー!とか言いながら適当にじゃれて、少し落ち着いたらりーちゃんがこう言った。

「そういえばお前の弟、次の4月入学してくるんだろ?」

・・・・。

・・・ん?

なんだって?え?俺の??弟が??入学??次?新1年生?

「はあああああああああああ!?」

どういう事や工藤ふざけてる場合じゃねえ待ってあれ俺一回も留年したことないよねってかえ?ん?

「・・・俺弟と7つも離れてんだけど・・・?」

どういうことだ、さっぱりわからない。と、俺だけでなくりーちゃんの顔にまで書いてあった。

「え?ん、は?7つ違う?え?次入学してくるって聞いたぞ?」

きょとんとした顔のままそう告げてくる。

なんかの間違いだろ?と冷や汗が伝う。

俺の、俺の”弟”が同じ学校に共存する?

・・・地獄か、それか拷問だそんなの。

 

 

 

「風兎はホントによくできる子ね」

 

「夢兎もお兄ちゃんなんだから、しっかりしなさいよ」

 

 

 

 

「夢兄、僕夢兄みたいな人になる」

 

 

「夢兎、お前に軍人は無理だ」

 

 

 

「夢・・・兄貴、僕、僕は」

 

 

うるさいうるさいうるさいうるさい。

なんだよ、今までずっと無視してきただろ。俺の立場とかプライドもそのご自慢の頭で考えてくれよ。

秀才にはわかんねえだろうけどな、弟なんかにはわかんねえだろうけどなあ・・・!

 

こんな愚痴、こぼす所ないって思ってたのにな。

なーんで、あんな優しい人にあっちゃったかなあ。

 

失うのが、すげえ辛いじゃん。

 

駄目だなあ俺、結局兄として役に立ったことはなかったかもな。

 

弟と比べられて、馬鹿にされんのホント嫌だったな。

 

・・・あれ?俺結局何が気に食わなかったんだっけ。

 

比べる連中?優しかった人?見捨てなかった親?それとも弟?

 

全部だったっけ、?

 

ああもう、どうでもいいや。目を覚まそう。

 

 

 

 

 

小鳥のさえずりが聞こえる。

・・・霊体になってから初めて夢を見た。懐かしい、いらない記憶だ。

「・・・陵君、おっはよー!」

目覚ましが鳴るより少し早いがまあ無理に起こしてもいいだろう。

人と話せば、現実を見れば忘れるだろう。

大体今更なんだ、思い出しても変わらないし兄弟間の絆が建築されるわけでもない。

ていうか、大嫌いな弟との絆なんて最初から望んじゃいない。

・・・いつでも俺を子馬鹿にしたように見てた弟を、俺はいつか忘れ去るだろう。

 

忘れさせてくれよ、神様?