想像の小部屋

なんか色々まとめたり書いたり。

あの夏 この夏

蝉がうたっている。生涯で1度きり、輝かしい夏に恋人を探して歌っている。強い日差しをうけてより美しい青々と茂った木々とアスファルトの熱に揺れる空気。真っ青な空に眩しいくらい白い雲。
ぼくは夏がすきだ。夏だけじゃなくて、四季折々の風景はぜんぶだいすきだ。
だけど、夏は少しだけ困ってしまうこともある。今もそうだ。どれだけ気をつけてもこうなってしまうことはある。
呼吸が少し浅い、手足が痺れている。辛うじて残っていた意識も今にも手放しそうだ。
わかっている、これではいけない。涼しい場所に移動しなくてはならない。けれど、
ああ、同じく少し暑そうな服装の君が、この都会では珍しい虫と遊んでいるのが見える。昔の面影を感じさせる君など、見たのはいつぶりだろうか。
夏。
「おい、貴様…」
後ろから誰かに声をかけられたのと同時に最後に残っていた意識が途絶えた。
僕の肌を手と顔以外なるべく露出させない服装は、夏にはとてもじゃないが適していない。……知っていたことだった。

「……目を覚ましたか。僕がわかるか?」
冷房のよく利いた、清潔な部屋だった。僕が意識を取り戻したのは保健室。僕の目の前にいたのは……確か、君のお気に入りの子だったよね?
「うん、ありがとう」
「何がありがとうだ、馬鹿者。こんな気温の日にそんな格好で炎天下に座り込んでぼーっとしているやつなんていないぞ。」
「そうだよね。」
えへへ、と誤魔化し笑いをする。兎上由紀。彼は……確か、保健委員ではなかった気がするが。医療の心得があるんだっけ?
ふと、自分の服装が異なっていることに気づいた。いつもはしっかり隠れている腕や首元が涼しい無機質な空気に晒されている。
いつまでも色濃く消えない、火傷跡たちも。
「……君が着替えさせてくれたの?」
「そうだが?」
「そう……ごめん。」
自分はとうに見慣れてしまったこの、斑に色が違う体は他人が見たら気持ちのいいものではないだろうとは容易に想像がつく。苦手な人には特に。
だから、というだけではないが、やはりだからこそ熱中症のリスクを背負いながらこんな服装を続けていた。
それに、小太郎にこれを見られるのは何故かいけない気がしていたから。
「……何を謝っているのか知らんが、長袖を着るにしてももっと素材を選ぶことだな。
おい、目が覚めたぞ。貴様は具合が悪くないのだから寝るな。」
ええ?とのんびりした声がカーテンの向こうから聞こえた。君の、声。
「だって涼しいんだもん ついてきてあげたんだから、これはご褒美かなあって。」
「馬鹿言うな、貴様手伝いなどしなかったろう。」
「無慈悲だねえ。」
君の、つくりものの黄色い瞳にぼくが映った。するりと細められたその目。
「すごい怪我のあとだねえ。」
ああ、アラームが叫んでいる。
「火傷お?いつの?」
彼の瞳が、ぼくを狙っている。スナイパーみたいに、スパイみたいに。
「………ずっと、昔の。」
ぼくは嘘をつくのは得意なほうじゃない。
だから君に嘘はつけない、つく理由もないけれど。
だけれど、ああ、良いのだろうか。君のすっぽり抜けた記憶に干渉するのは。
「……へえ。」
ますます君の目はするどくつめたくなる。かなしいことだ、きみにそんな目で見られるのは。
「まあ、お大事にねえ。あとはよろしく、由紀くん!」
「は?貴様の知り合いだろう。」
「僕このあと予定があるんだあ。」
けれど、同時に今日は少しだけ幸せ。
だってね、小太郎。
「お見舞いしてくれてありがとう、小太郎。またね!」
きみが少しでもぼくの傍に居てくれたのならそれで、嬉しいなって思えるよ。お兄ちゃん。