想像の小部屋

なんか色々まとめたり書いたり。

月の宮殿ー導入

 

軽快なジャズミュージックが聞こえる。ずいぶんお洒落だ、ジャズは専門外だから詳しくないけれど、有名な歌なのだろう。

「……さん、お客さん。」

男の声だ、お客さんって……俺のこと?あれ、俺今どこにいるんだっけ。

底に沈んでいた意識がようやく浮上し始め、ふと目を開いた時に自分が眠っていたことに気づいた。視界に映るのは、洒落たバーといった雰囲気の内装と酒が並んだ棚、そして自分が突っ伏して寝ていたらしいカウンターと……俺を起こしてくれたバーテンの男。

「ああ、ようやくお目覚めになられましたか。こちらはお通しでございます。お酒を用意する間にどうぞ。」

そう言って俺の前に1枚の紙が入ったグラスを置いた。

「え、いや……ちょっと待って、ここは……」

バーテンの男を引き留めようとして、彼が俺の隣に座っている男を起こそうとしているのに気づいた。改めて見てみるとこのカウンターに男性…いや、青年?が3人、ソファー席で青年がまた一人、そして少女も寝ていた。

どういうことだろう、俺はこんな所へ来た記憶はない。ここに来る直前の記憶も…曖昧になっている。ここに寝ている彼らも同じ状況なのか?そもそもここはどこなんだろう、疑問点が次々と浮かんでくる。

目の前に置かれたグラスに目を戻した。

透明のグラスに入った1枚の、折りたたまれたメモ。なにか、これに現状のヒントでもあるというのだろうか。

考えていても仕方ない、ようやく手を動かして俺はメモを手に取った。紙を広げそこに書かれた文章を

「なんだお前どこだよココ、ふざけんな説明しろ!!」

……読もうとした時に、隣で起床した青年が派手に椅子を蹴飛ばしてバーテンの男に掴みかかった。

呆気に取られている間も、今までに聞いたことがないような罵詈雑言を吐いてバーテンに詰め寄っている。

「俺をここに連れてきたのはお前か!?さっさと答えろノロマ!!」

「ま、まあ落ち着いて!」

「ああ!?」

慌てて止めに入ると彼はこちらを睨んだ。

顔を真ん中で分断するように大きな縫い跡が残っている、髪をあげてマスクをするその大柄な彼はざっと俺を上から下まで見ると、舌打ちしてバーテンを突き飛ばした。

バーテンは可哀想にも背中を棚にぶつけたようでずいぶん痛がっていた。

「お前誰だよ、この店の人間じゃねえな?答えろ、状況は把握してんのか。」

「え? いや…、俺は 」

この人もきっと俺と状況が同じだ、そう判断して説明しようとした時、間延びした一人の男性の声にそれは遮られてしまった。

「もう騒ぎ終わったあ?じゃあ僕らも話に入れてくれる?」

声の主はカウンターに寝ていたうちの1人の、髪の長い男性のものだった。彼はいつの間にかソファー席に移動していて、そこで寝ていた2人も目を覚ましたらしい。

「きっと君たちと僕らは同じ状況に置かれてると思うんだよねえ。だから、いいでしょお?」

にまりと笑った彼に少しの不気味さを覚えた。しかし、彼の言葉を鵜呑みにするならだが、彼らもまた気付かぬうちにここに連れてこられたらしい。

それなら、疑問を共有する方がいいだろう。

椅子から立ち上がって、マスクの青年に君も行こうと話しかけ、彼らの元へ向かう。

「……おい、そこで寝ている奴は違うのか。」

ソファーに座っている青年がそう言った。

何を言っているのかわからなくてカウンター席に目を戻せば、なんと俺の2つ隣……つまりマスクの青年の隣、バーテンと彼が騒いでいた真隣の席では、まだ眠り続けている一人の青年がいた。

「あ?……てめえ起きろノロマ。」

そう言われて乱暴に殴り起こされると、何もわかっていなさそうな顔をしたままマスクの青年にソファー席まで引っ張られていた。

……知り合いだろうか? よくわからないが、マスクの彼が俗にいう不良だと言うことだけは確信した。

 

 

「……つまり、誰もここがどこだかわからない、何故ここにいるのかもわからない、ということだな?」

軽く状況を説明しあった所で出た結論はそれだった。全員がまるで同じ、ここに来る直前の記憶があやふやだと言う。

バーテンの男に質問してみても、彼も場所はわからないし、出口もわからないのだと当然のように言うから薄気味悪くなってしまった。

「……仕方がない、ここに来ることが出来たのだから出ることは出来るだろう。どうやって出るかは、自分で探すしかないようだな。」

ため息を吐いて先程からまとめ役をしてくれている薄紫の髪の青年が言った。

隣に座っている少女がずっと不満そうに彼を見ているのがとても気になる。あの二人も知り合いなのだろう。

「俺もそう思うよ、全員状況が同じなら協力して探す方がいいよね。誘拐とは…考えにくい状況だけど、危険もあるかもしれない。」

俺がそう発言しても、反論してくる人は居なかった。ある程度全員が考慮していたことだったからだろう。

何より、こんなわけのわからない状況で一人で居るのは心細い。

「じゃあ自己紹介が必要だねえ。

僕は若林小太郎、そっちの2人と知り合いなんだあ、よろしくねえ。」

「僕は兎上由紀だ。若林が言った通り、こいつと横に座っている石水とは知り合いだ。よろしく頼む。」

髪の長い青年と、薄紫の髪の青年と少女はどうやら知り合いらしかった。だから3人でソファー席に座っていたのだろう。次に自己紹介を促された少女は、そういった事が苦手なのか俯いて小声で話す。

「あ、えっと、……い、石水、杏です……。この2人と、あ、あの……久しぶりだね、菊哉くん。」

「あ?そうだな、お前もっとシャキシャキ喋れよ。……俺は鮫島菊哉だ。」

彼女はマスクの青年と知り合いだったらしい。マスクの青年……鮫島くんはあまり話したくないのか、名前以外に情報はくれなかった。

「………。」

「……おい、お前だろうがノロマ。」

「……? …僕も、自己紹介するの?」

「当たり前だろうが。」

「…わかった。僕は、霧野真。…鮫島の、先輩…。」

最後まで寝ていた彼は寝ていなくとも鈍いのか、時間をかけて簡潔な自己紹介をした。

先輩、ということだが彼らはなにに所属しているのだろう、高校か大学といった感じだろうか。

「俺は八島美春、ここには…俺の知り合いは居ないけど、よろしくね。」

最後に俺がそう言って笑うと、そのタイミングを見計らってか、バーテンの男がテーブルにグラスを運んできた。

「お通しでございます。お酒を用意する間にどうぞ。」

俺以外の全員の前に、俺と同じメモ入りのグラスを置いた。各々がグラスに視線を注ぐ。

「それでは、ごゆっくり。」

「おい、待て。」

そそくさとカウンターに戻ろうとするバーテンを兎上くんが引き止める。

「僕らは…少なくとも僕とこの二人は未成年だ。酒の用意は必要ない。」

「わ、真面目だねえ。」

「黙っていろ!」

言われてみればそうだった、お酒の用意をする間に、と言われても、まだ未成年で学生の俺にお酒を出されても困る。

「俺も、お酒はまだ飲めないからいいよ。」

「……僕も、あと、鮫島も。」

「あ?」

「……だめ。」

個人的に飲んだことがあるかは別として、ここに居るのは全員未成年らしかった。

しかし、バーテンの男は営業スマイルを崩さずに言う。

「ご安心ください。ここでは何をしようと罪になりませんから。」

そして、バーテンはまたカウンターの向こうへ戻り、グラスを拭き始めた。

……なんとなく、空気が2度くらい下がったように感じた。

「……ふうん、このメモ、ヒントかもねえ。」

一足先にメモを開いたらしい若林くんが発言した。そしてメモを全員に開示する。

 

『当店ではドレスコードが絶対となります。もし違反を見つけた場合、相応の処理をさせていただきます。』

 

パソコンで印刷されたような文字で綴られていた内容はそんなものだった。

ドレスコード。学生の場合は大抵が制服だが……生憎、今は私服を着ているようだ。ほかの全員を見ても、私服を着ている。

「……でも、あのバーテンの人何も言わなくないですか…?」

石水さんが控えめにそう言う。確かに、絶対という割には彼は俺たちの服装を指摘しなかった。

「さあねえ、でも、連れてこられただけの僕らに服装を整えろなんて無茶だってことわかってるだけかも?後で聞いてみようかあ。

君たちのメモは?」

そういえば、俺もメモを開いていない。すっかり忘れていた。慌ててポケットに入れたせいでくしゃくしゃになってしまっている。

「杏のメモは……『当店ではお客様のお好みでご自由にお飲み物を作っていただく、セルフサービスとなっております。店にあるものはどれでも、お客様の好みに合わせてお作り下さい。』ですね…。」

「俺のは『鏡がうつすものは真と対象、すなわち虚像でありながらそれは真としての姿である。』……意味わかんねえ。」

「僕のものは『正しく見極めること、そして歪みをも寵愛せよ。』だな。若林と石水のメモは確かにヒントだろうが…僕と鮫島のものはまだわからないな。」

「君のはあ?」

「……。僕のも、関係ないと思う……。なんか、僕のことについて、書いてた。」

「また訳の分からない……困りましたね。」

「お前はどうだ、一人だけグラスを置かれていなかったが、先に起きて貰っていたのか?」

「ああ、うん…えっと。」

ようやく紙を開いて、そこに並んだ文字を見た瞬間ぞわりと寒気がした。

 

『貴方は殺された。大切な親友を殺された。』

 

殺された、大切な親友を。

貴方は 殺された。

その文章が頭の中を駆け巡って、そして不意に記憶がフラッシュバックする。

梅雨独特の湿った風と恐ろしい鉄の匂いと、大きく振り上げられた鎌と、左腕の痛み、そして、そして。

 

「…ねえ、大丈夫?」

声をかけられてはっとした、呼吸が少し浅い。全員が俺のメモの内容を聞こうとこちらを見ている。まだまとわりつくあの時の記憶と被りかけるのをどうにか追い払って俺は笑ってみせた。

「大丈夫。俺のメモも霧野くんと同じだったよ。関係なさそう。」

関係が本当になかったとしたら、あまりにも悪趣味で残酷だ、とは思った。

床に敷かれたカーペットの赤色すら、視界に入れるのを躊躇ってしまった。