人という字はね、「ひと」と「ひと」が支えあってできているんだよ
「みのる!」
ふと顔をあげればあの子が居る。
今日も綺麗な黒い瞳を輝かせて、やってくる。
「こたろうにいちゃんだ!」
僕も笑って駆け寄っていく。兄のような、優しかったあの子が。
彼が、狂いだしてしまったのはいつだったのか。
ただ、どこかへ行ってしまってから再び出会うまで。それまでに何かあったことは間違いないのだ。
伸びた黒い、綺麗な髪も、白く滑らかで雪のような肌も、透き通る、吸いこまれそうなあの黒い瞳も、彼はとてもとても美しくなったのに。
その心だけが、死んでしまっている。
彼は俺に生きる術を教えてくれた。それはそれは、”人間として純粋で美しい”術だった。はずだった。
彼はそれが正しいのだと言った。俺が大切なものを守れれば、俺が俺自身を守れるのならそれは正義だと言った。
「君は死なないでね、実」
前とは雰囲気の変わり果てた笑顔がそう言った。まるでゆっくり、呪いをかけるかのように紡がれたその言葉が俺自身の命に首輪をしているようだった。
そんな、おぞましい言葉も存在もすべてひっくるめて、
彼はまだ。俺の”お兄ちゃん”で居続けてしまうから。
俺は彼のもとであやされて、泣き疲れて眠る子供のように、彼に縋って生きてきたのだろう。それが、心地よくて、疲れない、自然と生きていける方法だった。
「実、人の見た目は変わってしまうんだよ」
金属でできた耳飾りを持った彼は教えてくれた。
「だからね、君は僕を見失わないように。声をこの傷を、よー覚えておくんだよ」
「僕はね、きっと君のことを覚えれないんだ。だから、目印をつけようね」
カチリ。
冷たい音を立てて、俺は彼に鍵をかけられた。
「・・・なあ」
「なんだい?」
「・・・居なく、ならないでくれよ」
「居なくなる?」
「・・・なんでもない」
「実は気づかい屋さんだねえ、わかったよ」
「ねえ実」
「君はいつまでも、人の子でいられるだろうねえ」
その後姿を消した彼の、俺の頬を撫でた手は
人間とは思えないほど、冷たくて、痛々しかった。