優しい兄
「杏?どうしたんだい、痛いの?怪我を見せてごらん。」
「杏、僕のお膝においで。髪を結ってあげよう。」
「杏。今日のご飯は何がいい?」
「杏。」
「杏、可愛いね、杏。」
「杏。」
「だめじゃないか杏。お兄ちゃんのいうことを聞かないなんて。」
「杏。お兄ちゃんの言うことを聞いて。お兄ちゃんを頼っていいんだ。」
「杏。」
「杏。」
「あんず。」
「あんず。」
優しい兄の声。いつだって優しくて心配してくれていた兄の声。
母の代わりに杏を育ててくれた、とても親切な兄。
なのにどうして、彼の話をすると。彼を思い出すと。
ひとたまりもなく不安を感じるのだろうか。
彼の柔らかな笑顔が与えた安心感は、他にどこで手に入れれば良いのだろうか。
そう思わせることが、彼の本当の目的。