無人の館にご注意を #11
Side.夢兎
不思議な子もいるものだ、と思った。
俺の横を歩いている実君は俺のことが見えるらしい。それも生者と見間違うくらいにハッキリと、だ。
階段の手すりを破壊した直後、俺は彼に声を掛けられて鍵を風兎に渡したのだ。
中に、鬼が居る事を、知っていて。
まあとにかくそれ以来少しだけ実君とは会話している。もちろん俺が幽霊だって説明してから。
俺にとってドアなんてものは大した意味を持たないのであちこちすり抜けてみたりしてるんだけど、その結果わかった事だとかを彼に伝えて情報をもってもらっている。
ただ、霊感が強い人間って言うのはどうにも幽霊側としてもとっつきやすいらしい。
今まで全くそう言ったことはできなかったのだが、憑くというかそういう感じの事ができかけている。
今は時折彼の思考が流れてくるだけだが。
「・・俺、ますます幽霊じゃね」
当然の事ながら、俺は呟くのだった。
「んー・・・やっぱり和室は何も無いなー・・」
りーちゃんが困ったように言った。
開かないドアがあるかぎり、希望は残っているが鍵がどこにも無いのでは困る。
自分も手伝わなければ。りーちゃんのために頑張るからね俺。
お世辞にも良いとは言えない頭を使って考える。目を使って見る。
探すものは鍵、アイテム、道。
ふ、と和室の横に少しだけ伸びた不自然な廊下が目に入る。
突き当りにドアがあるわけでもないのに、少しだけ和室より長い。
「・・・」
気になって、その壁の前に移動する。じっと見れば僅かに壁紙の色が違う。
もしかして。
「・・よいしょっ!」
壁の向こうにすり抜けてみれば、本当にそこは部屋だった。振り返ればノブのついてないドアがある。
隠してあったのか。何はともあれよくやったぞ俺。
伝えよう。
そう思ってドアを抜けかけた時。聞こえてきた。
悲鳴、が。
まさか。まさか。
「鬼?」
俺は急いで部屋を出ようとしたけれど、焦ってうまくドアをすり抜けられなくて。
部屋を出たころにはもう誰もその場にいなかった。
「・・・しま、った・・・。」
また、これだ。
俺が未熟だから不安な気持ちを生んでしまった。急いで探さなきゃ。
もう居ないはずのよくできる弟の声が、俺を嘲笑ったような気がした。
Side.結奈
怖い怖い怖い怖い。
必死に走りながら胸のうちは恐怖で満ち溢れていた。
鬼から逃げて、先輩方についていくだけの作業。私には何の負荷もかかっていない。
それなのにこんなにも怖がってどうする。
真先輩がどこかの部屋の扉を開けた。私は疑いもせずそこに入り込む。
実先輩が最後に入ってきて扉を閉め、少し驚いたような顔をした。
どうにもこの部屋には鍵がないようだった。
無い、というか壊されていたが正しい。部屋を見回せばそこは3階の寝室だった。
「実どいて軽くバリゲート作るから」
真先輩がそう言ってベッドを移動させる。ドアの前に家具をいくつか並べた後、東さんが言った。
「なんですぐに下に降りずにわざわざバリゲートなんか作ったんだ?」
「実、足だね?」
真先輩が実先輩を見る。それは睨んでいるわけではないはずなのに、ひどく冷たかった。
実先輩が珍しく冷や汗をかいている。いや、あれ、汗の量がちょっとおかしい?
ていうか何、足?
「・・・何、言って」
「実、足。いつから怪我してた?」
け、が?
私はしばらく真先輩が何を言っているかわからなかった。わからなくて、実先輩を見る。
「今逃げてたらわかった。実、もう限界。」
「・・・っ!んなこと・・!」
「いや。限界。僕だってこんな判断したくてしてるんじゃない」
「でも、この判断が賢いんだ。実、君だってわかるだろ」
ドアに鬼が体当たりする音が聞こえる。
「実、やることはわかってるね。僕たちが降りたあと、なるべくこの部屋で粘ってね。」
「な、ここに竜胆君を一人で残すんですか・・・!?」
石水さんが反論しだす。
「そうだぞ、お前竜胆と同じ軍だろ!?仲間のくせに置いてくのかよ!!」
東さんも反論を始める。
「同軍だからって荷物になるような人を連れては行けない。彼は一般部隊だ。代わりなんてたくさんいる。」
真先輩が言い返す。
「秋月もなんか言えよ、先輩だろ!?」
「秋月さん良いんですか?」
・・・え?
「わ、私、は・・・・」
わからない。何が正しくて何が間違っているのか?
「時間がない。実は荷物だからおいて行く。決定事項。そもそもその足じゃここは飛び降りられない。ここに置いて行くか全滅しか道はない」
そう言って真先輩が私と杏さん、東さんを下に落とす。
最後に一瞬実先輩の声が聞こえたような気がしたが、なんと言っていただろうか。
Side.夢兎
『寂しい』『仕方ないな』『会いたかったな』
頭に声が流れてくる。
音のもとへとひたすらに。追って追って。
俺の死に際と、同じ言葉をつぶやく彼は、もしや、もしや。
「・・・実君!!」
行ってみれば今まさに扉を開けた鬼と、部屋の中央で立っているのもやっとな実君が居て。
「・・・よう、夢兎君、・・・俺、今から死ぬらしいぜ?」
笑いながらそう言う。自嘲気味に笑って、そういう。
『死にたくない』『怖い』
『よかった、一人じゃない』
「・・・・ッ、くそ・・・俺、いっつもりーちゃんのトコ居れなくなるよなあ・・・!」
『化け物に食われるのは、怖いな』
なら、せめて安楽死をお届けしてやるよ、囮なら俺に任せてみろよ。
「実君、ほんっとごめんな・・・っ!」
化け物より一歩先に彼のもとへ。人の殺し方なんてさっぱりわからないが即死さえすれば痛くないだろう。
ありったけの力を使って内側から、人を、壊す。
赤い飛沫は俺にかかることはなく床を染める。
実君だったものが、そこらに飛び散るのがわかる。
視界が一瞬色を失う。もしかしたらもう俺が現世にとどまっているのも限界なのか?
人って丈夫だもんな。俺そこまで力のある霊じゃないし、な
でも俺にはまだもう一つ仕事がある。
鬼だ、鬼をどうにかしなければ。
ぼやけはじめる視界でも嫌にハッキリと映る鬼を俺は足止めしなければいけない。
きっと睨み付けても俺の視線は鬼に伝わることはない。
今の俺じゃ、無力か?
「くっそ野郎が!!!!」
残りの力を全部使え、俺はバリゲートだった物たちを鬼にぶつけまくる。
鬼が体勢を崩したすきに、物を上に乗せまくる。
「・・っ、く、そ・・っ!!」
体は完全に消え始めている。
成仏という奴だろうか?
完全に気体と化す俺の視界の隅で、鬼はゆっくりと立ち上がるのだった。