想像の小部屋

なんか色々まとめたり書いたり。

遺書

彼女はいつも輝いている。

キラキラと笑い、花のように頬を染め、バイオリンの音色のような声で私の名を呼ぶ。

マイプリンセスと呼ぶのは軽率だろうか、しかし私のものかは別としても、彼女が姫であることには変わりない。

私は彼女に恋をしている。

 

 

学園の王子の名を欲しいがままにする、マイペースが過ぎる彼――正確にいえば彼とも彼女とも形容できないが――の周囲にはよく女性が集まっている。男性が集まらない訳では無いが、女性の方が付きまとっている時間は長いだろう。

王子は女性が好きであった。

皆に手を差し伸べ、皆を平等に侍らせ、その姿はまるで一夫多妻の王族のようだ。マントのように羽織ったローブがまた助長させる。

 にこにこと笑う彼はそれを鼻にもかけず、程よく抜けているその性格で男女双方から人気を集めていた。

一方で、王子とは違う様子だがクラスの皆から好かれる少女が居た。

平凡な女の子、と少女漫画の冒頭で説明が付きそうな素朴な可愛らしさを持ち、明るい笑顔で友人としての人気を有する少女だった。

ほかの女の子と同じように甘いものを好み、ほかの女の子と同じように可愛いものに憧れていた。

そんな彼女の圧倒的な周囲との違いは、王子にいたく気に入られている事だった。

きっかけなどない。ただ初めてあったその時から、当然であるかのように気に入られたのだ。

シンデレラのように舞踏会に行ったわけでも、白雪姫のように硝子の棺で眠っていたわけでもなかったが、少女は王子にとってのお姫様だったのだ。

「やあ、マイプリンセス」

そう王子が微笑みかけるのは決まって姫がひとりでいる時だった。

所有格をつけてまで呼びかけるのが少女に対してだけだと少女は知っているのだろうか。

王子がそれを故意的にやっているのかも、神のみぞ知ると言ったところなのだろう。

2人の間に確かな好意があるのにも関わらず、彼らの距離はいつまでも一定に保たれていた。

 

 

臆病な私を許しておくれ、リーリエ。

そして君を言い訳に使ってしまうこと、情けないことだとわかっているつもりだよ。 

仕方ないとは言わないさ、私も。

今の私を嘆くことなどしないさ。不満に思うこともない。

あの時以降も私はたくさんの幸せを享受している。私はこの世界を愛している。

それでも、君を愛することは。

君に、愛されることは。

 

……わかるかい?リーリエ。

私は君の彼氏になることも、彼女になることも、配偶者になることもできないのだよ。

ましてや、君の王子になんて、私にはなれない。

私の愛は、そこに責任を感じるほど、深く大きいものになってしまっている。

だからね、もっと時間が欲しいのさ。

私が、君を不幸にするその覚悟ができるまで。

私が、冠を捨てて闇に消える覚悟ができるまで。

 

 

それから、私を見損なっておくれ、リーリエ。

 

真の愛のその熱量

 

その朝は普段よりも1段と冷え込んでいた、様に思う。懸命に看病していたつもりが、僕の手は確実に彼の命を蝕んでしまっていっていた。

もう、僕の手ではどうしようもない、彼の命の火はもう吹けば消えてしまいそうだった。

その時に、彼が遠くの友人と話せるのだと言っていた、電話という道具を思い出せたのは奇跡に近い。

僕の両手はすぐに、受話器と電話帳に伸ばされていた。

 

***

 

彼らの存在に気付いたのは部屋に彼らが入ってきてからだった。悲しみのあまり、足音に耳を澄ますことも忘れていたらしい。

ようやく来てくれた人間の姿に安堵した僕は、彼らに感謝の意を伝えようとしたのだけれど、ぐるぐると胸中で渦巻く冷たい感情が、うまく抑えられなかった。

「…どうして、もっとはやく来てくれなかったの」

本当は、あんなこと言うべきではなかった。……いや、言いたくなどなかった。

僕は悠みたいに、優しく居たかったのにね。

「君たちが、もっと早く来てくれれば、悠は助かったかもしれないのに。」

零れていた涙は凍ってしまっているのじゃないかと錯覚するほど、冷たく頬を濡らしていた。

僕が言葉で暴力を振るった2人は、困ったような顔をして、悠と僕を見つめていた。

 

異変が起きたのはそのすぐあとだった。

水銀のような化け物…結局は、僕の兄弟だったわけだけど、奴らが悠と大切にしてきたこの家を覆い尽くしてしまった。

挙句の果てには、変身術なんかも駆使して、助けに来てくれた2人を傷つけてしまった。

形容しがたい感情が僕の中に湧き上がるようだった、…でも、その形容の仕方を教えてくれる悠はもう居ない。

勝手に呼びつけたのは僕だったけれど、2人には傷ついてほしくないと感じた僕は、どうにか2人に帰ってもらおうとした。

…それに、我が儘を言うようだったが、悠のそばで、悠とふたりきりで居たかったのだ。彼を殺した僕にそんな資格はないのかもしれないけれど、きっと優しい彼なら、こんな僕でもそばで最期を迎えることを許してくれるだろうと考えていた。

悠の居ない、寒い世界で生きていくことなど、頭にはまるでなかった。

 

しかし、2人を帰すのには障害が多すぎた。今から思えば、2人にあれほど無茶をさせず、僕だけで帰路を探しに行くべきだったかもしれない。…それを申し出たところで、優しいあの2人が了承したかは危うかったかな。

実に色んなことがあったと思う。

悠を一緒に連れていってくれようとした。

僕がどうしても寒くて近寄れない所を、我慢して代わりに調べてくれた。

化け物の弱点を見つけて、退治してくれた。

暖かいカイロというものや、マフラーを貸してくれた。

僕が難しくて読めなかった本を読み聞かせてくれた。

僕にたくさん優しくしてくれた。

…どれも、とても嬉しかった。不謹慎かもしれないけど、少しだけ悠の居ない寂しさを紛れさせてもらっていたように思える。

1度だけ、僕に触れようと迫ってきたことがあったけれど、あれには少し驚いたかな。

僕がこんな体でなければ、一緒に遊べたかもしれない。

今からごめんねと言っても遅いんだろうな。

2人が僕を無視して地下に行ってしまったのも、僕の……いいや、あのバケモノの親玉を倒せば、僕の心が晴れることを予知していたのかもしれない。

本当に、優しくて、勇敢な人達だった。

最期に、そんな人達に巡り会えたのは幸せなことだったんだろう。

 

ああ、瞼が重い。

 

一緒に埋葬しようねなんて、約束してくれたのにごめんなさい。

どうか、暖かいところに悠のお墓を作ってください。

僕は、僕の望むように、眠らせてもらうね。

「…ゆう、」

ベッドに寄りかかって、愛しい君の名前を呼ぶ。

伝えたいことはたくさんあったのに、僕はまだ、それを紡ぐだけの言葉を知らないんだ。

だからひとつだけ。

「……ありがとう。」

悠だけにじゃない。美しい白銀に、優しい太陽に。

 

名前も知らない、たった2人の救世主に。

恋の罠

好きな色はなあに?

緑だよ、お母さん。

あら、そうなの!お母さんもねえ、緑色大好きよ美春、おそろいね。

うん、嬉しいね、お母さん。

 

小学校の頃、そう言った会話をしたら、同級生の女の子に本当にみどり色が好きなの?嘘っぽいわ、と言われたことがあった。

彼女がどういうつもりでそれを言ったのかは知らないが、俺は普通に緑色は好きだった。

新緑の色、生命の色。一息つく緑茶の色。美しいオーロラの色。

まあ確かに、特別好きなんてものじゃなかったかな。

当時からそう言った性質で、ある程度の好みはあれど、突き抜けた好きも嫌いも持たない人間だった。

 

「隊長ー!」

ふと顔をあげると、遠くで美しい緑色が、日光を受けて柔らかく輝きながら細められていた。

白いシャツに身を包んで、暖かい色の茶髪を揺らし、男性らしい手を俺に向かって振っている、その人の瞳。

割とお気に入りのこの文庫本の、丁寧にデザイナーに選び抜かれた緑色なんかよりよほど綺麗だった。宝石に例えるのもいやらしいのではないかと疑うくらい、彼の瞳はまぶしい。

近くまで芝生を踏みしめて歩いてくる大きな足も、木漏れ日で点々と輝く健康的な肌も、

一つ一つ、毎秒俺を恋に落とす。

こんなに夢中になって、俺は俺を許せるだろうか。君は、気づかないでいてくれるだろうか。

だけど、気付いて欲しくないわけじゃないんだ。月夜よし、夜よしと人に告げやらばってね。

ああ、また頭がいっぱいになってしまう。

 

さらさらと風が吹いた。

 

君の少し長い髪から君の香りが秋の終わりと共にやってくる。

「冷え込んできたな。」

そうへらりと笑った君の表情にまた、恋に落とされた。

「死ぬなよ、苦しむまでは。」

よる、おやすみするときに おふとんからうでやあしがとびでていると おばけにつれていかれちゃうんだよ

 

昔読んだ絵本にそう言ったことが書かれていたのを覚えている。

当時おばけを怖がった僕は布団の中で丸まるだけでは恐怖心は収まらず、両親に泣きついてふたりの間に入れてもらって寝たものだ。

親子で川の字なんて、初めてね。お父さん。

ああ、親子で、川の字。初めてだな。

確認し合うようにそう話していた両親の言葉は、僕に対する愛情に満ちていていて、とても優しいものだった、気がしている。

あの時、彼はもう自分の部屋を持っていたんだっけ。

まあ、そんな記憶ももう思い出に変わってから数年経つ。

すっかりおばけなんて信じなくなって、夜寝る時に丸まる理由も変わってしまった。

それでも僕はあの頃と違って、時々だけど、わざと片手を布団の外に出して寝るようになった。

だってもしも連れ去ってくれるなら、

その行き先にはきっと家族がいるのでしょう?

なんて。

 

「……。」

「ほっそい手首。」

 

朝目覚めても、寝る前と同じ天井が視界に入る。

当たり前のことなのだけど、それが悲しくて、だけど安心できて、僕は弱虫なのだと実感させられた。

外に出しておいた手は寝相で布団の中へ戻ったしまっていたらしく、冷えることなく太い血管で僕の手先まで血を通わせていた。

兎上の義兄弟

この家には元々養子で貰われてきた兄が居るという話だった。しかも、その兄は僕さえ見つからなければ後継になる予定だったらしい。

そこから僕が導き出した答えはひとつ、おそらく僕は兄とうまくやれないだろうということだった。

 

国内での戦は収まることを知らず、たった一つ小さな島国の未来をああするこうするといった、せせこましい戦いではやはり、優れた武器を持つことが勝利のために必要だ。

そんな世の中、この兎上の家業である軍馬の育成の商売は実に成功している。

だから子を成せない女性に心奪われてしまった馬鹿な主人は、仕方なく養子をあれこれ探さなければならなかった。

最初に引き取った子は、優秀ではあるが、何やら言うことを聞かないらしく、跡取りにはあまりにも向いていないらしく、僕を買い取ったのだと義父が話した。

子供を買うような大人なのだから、そういう子は簡単に売ってしまうものではないのかと思ったのだが、一人目の子はまだ養っているようだった。僕がダメだった時の保険なのかもしれない。

 

その兄とは家についてからもしばらく会うことはなかった。というのも、兄は多忙だったからである。

兎上に課せられた膨大な量の教育に、何を思ったのか追加で医学を学ばせてほしいと申し出たらしい。彼はそこいらのブラック企業社員さながらの休み時間しか取っていないらしかった。

時折すれ違うこともあったが、前述したように、嫌われていると思い込んでいた僕は俯いてあの綺麗な顔立ちを避けていたので、少なくとも1ヵ月はまともに言葉を交わさなかっただろう。

そんな僕はここに買われてくる前、少し貧乏な孤児院にいた。優しかった先生や仲の良かった友達を思い出して寂しくなることも多く、義父からの期待や厳しい勉強、マナーチェックなどに、日々疲れていっていたように思う。

夜中に布団の中で泣くことも多かった。

その夕暮れも、ドアが隙間を開けていることに気づかずに弱々しく泣いていた。

「…どうかしたのか。」

不意に届いた声にひどく驚かされ、ついに僕は兄と目を合わせたのだった。

 

僕はずっと兄という会ってもいない人間を、勝手に誤解していた。

僕を抱きしめた腕は力強く、そっと撫でてくれる手はとても優しかった。

泣きやめない僕はそれが悔しくて、僕のことなんて恨んでいるんだとか、自分だって寂しいくせに、とか初対面の彼にさんざんまくしたてた。

「そんなことはない。」

「僕がお前を恨む理由なんて無いだろう。」

「僕は、お前の兄なのだから。」

そう言ってくれた彼は、本当に自分の兄なのだというような気がして、妙に安心させられてしまった。

「ずいぶん、甘えるのが下手な弟だな。」

数年後にはあなたには言われたくないと返せただろうこの言葉も、当時の僕には救いだった。

 

養父母は僕ら兄弟を実の子供のように愛してくれていたらしかった。父は不器用なため、兄に素直な愛情表現をするのは苦手なようだったが、僕は二人目だからか多少はマシな態度をとってくれていた。

だから僕も、兄と同じで彼らの期待に応えようと思ったのだ。

兄との違いは、僕に確固たる目標がなかった事だ。

結局、仲良く話すような時間は普通の兄弟より遥かに少なかったが僕はあの人を尊敬している。

今頃、またあの誤解されやすい態度で孤高の紳士にでもなっているのだろう。彼らしいといえば彼らしい。

たまに送ってくれる手紙も相変わらず偉そうだ。最近は少し友達ができたみたいで、はしゃいでるようにも見えるけど。

 

ああ、時間だ。僕は勉強しなくちゃいけない。

だって、あの兄から僕は

この家を任されたのだから。

 

見ていてください、尊敬する兄上。手紙の返事はまた今度。

5円程度の回想

「おい、黒霧の!菊哉来てねえか!」

「きてない」

「きてないです」

「クソッ…おい菊哉ァ!どこだ!」

ドスドスと離れていく足音を聞き終えるとら少年少女は襖の中に隠れていたもうひとりの少年に声をかける。

「もう行ったよ、大丈夫?」

「出てこいよ、菊哉。」

そろそろと襖を開けて、自分を探しに来た父親が居ないことを確認すると、目にうっすら滲んだ涙を拭いながら安堵したように少年―菊哉は礼を言った。

「ありがとな、兄貴、和希。」

その答えに顔を綻ばせた兄貴と呼ばれた、月という少年と和希という少女は押し入れから菊哉を引きずり出した。

いつも泣きながら、それでも自ら親について行ってしまう彼の忠実さを幼いながらに心配していたのだろう。

3人で遊ぼうと作戦会議に夢中になっていたからか、それとも彼が足音を消すのが上手いからなのか、近寄ってきた彼に気付けないのはいつものことである。

「やーっぱり旦那様に嘘ついてたな月に和希ぃ!」

勢いよく開かれた障子の先に、明朗な笑顔を携えて立っていたのは、菓子類をたくさん持ったもうひとりの菊哉の兄貴分だった。

「真白!」

名を呼ばれた2人より早く反応した菊哉は悪い兄貴分に部屋にまた隠され、作戦会議の続きに勤しむことになる。

いずれ殺される原因となるその世話焼きな性分は3人の少年少女の心を惹き付けるには充分だった。新垣真白とは、鮫島組の若頭であり、鮫島菊哉の兄貴分であった。

 

 

 

 

氏名    新垣 真白

ふりがな あらがき ましろ

生年月日 ××××年 〇月△日

死亡した所 □□県■■市**町

住所 □□県■■市**町

世帯主の氏名 鮫島 春哉

死亡した人の夫 または妻  ✓いない

死亡した人の職業 自由業

 

届出人 ✓4,家主

署名 鮫島 春哉

 

死亡届

××××年 5月11日

只今、夢日記

遠ざかっていくあの子の足音がつめたく響いていたのも、ほんの一瞬のあいだで、後に残されたのは静かな静かな空間だけだった。

もう夏も終わってしまった校舎には、こんな時間だと暖かく、名残惜しくなるような黄金の夕日など存在しない。

これから暗くなろうと、圧迫感のあるグレーにのみ満たされたこの場所は、つい昨日まであの子と話していた場所とは程遠かった。

あの子と、話していた場所だった。

名前を呼ぶことも躊躇われてしまって、言ったところで誰にも届くはずないのに、怒られてしまうような気がした。呼ぶ度に、思い浮かべる度に、この心の隙間を埋めてくれていた、そんなあの子の名前なのに。

もう、呼べなくなったのだ。このグレーに埋められてしまった。

ああ、なんてこと。

まだ止まらない涙を、抱え込んだ膝に落として消そうとした。元から頭は良くなかったが、なんて馬鹿なのだろうと本気で自分を呪った。

あの子だけは、ずっと自分を好きでいてくれると、思い込んでいたのだ。

自分があの子のために変わらずとも、この私を、愛してくれると、思い込んでいたのだ。

どうして、何が悪かったのだろう?

世の中なのか、自分なのか。それとも、あの子が?

いいや、あの子が悪いなんて、少しでも思いたくはなかった。だって、私があの子を恨むなんて、到底できない話しだ。

明日になれば、案外いつもの明るい声で名前を呼んでくれたりしないだろうか。

そんな甘えた考えをも飲み込んで私の周りを闇が埋め尽くしていく。

このまま生き埋めになって、死んでしまうのではないだろうかと思ってしまった。

なんだかもう泣き疲れてしまった。

諦めてしまうしかないのかな。

 

まだ、振り返ってしまう。